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THE POLICE再結成ライブ2/10(京セラドーム大阪)

昨日,京セラドームへTHE POLICEの大阪公演に行って来ました。live直前,ボブ・マーリィのゲットアップ スタンダップが大音量で流れ,観客は総立ち。

 そしてスティング、アンディ、スチュアートの3人が登場。アリーナ席から見ていましたが,おじさん3人の熱気はだいぶ伝わってきました。中でもアンディのギターデクニックとスチュアートコープランドのドラムは本当に感動。

 Stingは昔のようにシャウトするのではなく語りかけるような歌い方で2時間弱,昔を懐かしむというより,年期のはいった現役ライブでした。

 さすがに飛んだり跳ねたりはなかったけど,十分満足。

中盤のEvery Little Thing She Does Is Magicは個人的にも好きな曲で,けっこう盛り上がりました。

  私がファンになったときにはすでに解散していて,映像でしか演奏をみられなかったので,生で,間近に見ることができたのはすばらしい体験になりました。

 

ちなみに↓

1. Message In A Bottle
2. Synnchronicity II
3. Walking On The Moon
4. Voices Inside My Head / When The World Is Runnming Down
5. Don't Stand So Close To Me
6. Driven To Tears
7. Hole In My Life
8. Every Little Thing She Does Is Magic
9. Wrapped Around Your Finger
10. De Do Do Do, De Da Da Da
11. Invisible Sun
12. Can't Stand Losng You/Reggatta De Blanc
13. Roxanne

(アンコール)
14. King Of Pain
15. So Lonely
16. Every Breath You Take 
17. Next To You

 



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パソコン | 【2008-02-11(Mon) 16:07:48】
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蹴り初め

2008/01/27

 

 去年から,知り合いの会社のフットサルのチームに参加していて,1/27(日)は蹴り初めの日でした。朝から,小雪の舞う空模様,しかし中止の電話がないので,グラウンドへ。

2時間ほど汗を流しました。前回よりも体が動いているのが,うれしいかぎり。

 まだまだ翌日からの筋肉痛には耐えなければなりませんが。



パソコン | 【2008-01-26(Sat) 21:37:27】
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紅葉の高桐院へ

 

Kotoin 高桐院

2007/12/2

今年は紅葉を見にあまり行けませんでしたがなんとか,最後の見頃を撮るために北の方へ。katsuzin13氏と遭遇。やはり同じ目的で私よりも30分以上先に来てたみたいです。毎年,ここには来てますが人混みのせいであまり思ったような写真が撮れな

かったのが残念。

Approach

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

image それでも,上賀茂神社の近くにある社家町のいっかくにある西村家の庭園は見事でした。いいもの見つけました。

 



パソコン | 【2007-12-01(Sat) 22:47:57】
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beatrice誕生

beatrice妹のとこに赤ん坊が生まれました。

Flickrにアップした画像を見た友人が,お子さんできたんですかっていうので,誤解なきようにこの記事をアップした次第です。

 この眉間のしわがなんともかわいい。

元気に育ってほしいものです。

2007年11月20日



パソコン | 【2007-11-19(Mon) 22:36:20】
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ニュー・セブン・ワンダーズ(N7W)

「新・世界の七不思議」をインターネットによる世界投票で決めようと,スイスの財団「ニュー・セブン・ワンダーズ(N7W)」が2000年から選定を始め,スイス政府や国連教育科学文化機関(ユネスコ)などの協力もあるようです。N7W は,遺跡の保存や修復、促進活動を行うスイスの非営利団体。

その結果,最後まで残っていた日本の清水寺は新・世界の七不思議には入れませんでしたが,選ばれたものはどれもすごいものばかりです。

 

 で,その「新・世界の七不思議」をパノラマ写真で紹介しているのが,http://www.panoramas.dk/こちらのさいとでは,360°のパノラマ写真で各七不思議の映像を見ることができます。

f02-machu-picchu



パソコン | 【2007-09-24(Mon) 19:25:55】
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広島へ

2007/9/16 早起きして広島へ

お題は厳島神社とは....。

Itsukushima Shrine 厳島神社Itsukushima Shrine 厳島神社

 帰りに尾道にも寄りました。ここは昔恩師と来たのですが,残念ながら日が沈みかけ&雨模様なのでさっさと帰りました。

View from the hillside
*GPSのトラックデータが重すぎてalpsrouteにアップできませんでした。



パソコン | 【2007-09-16(Sun) 12:22:06】
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れいばんがぁ

bRoKen

落として踏んで割りました。場所は,紀和町鉱山資料館前でした。享年8ヶ月ほど。



パソコン | 【2007-08-26(Sun) 00:39:16】
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Google Maps の埋め込み地図機能
 ようやくGooglemapの地図を手軽に自分のサイトやブログに貼り付けられるようになったとのこと。早速試してみました。
 今までは,Googlemap apiなどで埋め込んだり,alpslabの地図なんかを貼ってましたが,こちらの方が断然いい。

詳細はhttp://maps.google.com/help/maps/mymaps/create.html

 


拡大地図を表示

パソコン | 【2007-08-26(Sun) 00:23:57】
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再び奈良へ

2007/6/17(日)

 昨日に続いて奈良へ。
相方には法隆寺に行ったことはばれていないみたい。あと,薬師寺も。
と思っていたら,奈良に大仏を見に行きたいとの事。そんなわけで東大寺へ。

ついでに,奈良ホテルも見学&お茶。




 二日連続で奈良に行く事なんて,仕事の研修か研究会いらいです。そんなことでもない限りなかなか行きませんが。

 奈良ホテルは久しぶりに泊まってみたいと思ったホテルでした。辰野金吾ですしね。


 





パソコン | 【2007-06-18(Mon) 13:26:28】
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タイフードフェスタin京都

Thai Festa Thai Festa
 今年も新風館でタイフードフェスタが開催されたので行ってきました。昨年と違い天候もよく,なかなか盛況でした。代々木のタイフェスにはかなわないけど,こぢんまりとしていて,ここもなかなかいいです。



パソコン | 【2007-06-11(Mon) 22:17:30】
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平安神宮庭園などなど

070610 天気がこれまたよかったので,自転車でぶらぶらと。午前から昼過ぎにかけて,

図書館に本を返しに行ったその帰りに平安神宮などぶらぶらしてきました。
京都聖三一教會京都聖三一教會

大極殿の碑

Kyoto Imperial Palace 京都御所京都御所

Heianjingu shrine 平安神宮平安神宮のパノラマ

平安神宮

Heianjingu shrine 橋殿平安神宮庭園(橋殿)

ルートはこんな感じです。



パソコン | 【2007-06-10(Sun) 03:22:43】
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新米への道

 新米といっても米(コメ)のことです。毎年この時期は近江米を頂いていて,今年は取りに寄せていただくことに。先週から,わが家の西田(車のこと)さんの具合が悪いので,試乗もかねて車をかりました。

 

 

 

午前中は定例になるかもしれないテニス。

 いい天気,秋晴れです。休みの日なのでゆっくりしたいのですが......。この後,ナビでは京都市内へ一度戻って野洲方面に行くルートしか表示されないのですが,ここから北にあがって国道477号線を行くことにしました。この道は,別名「酷道477号線」といわれているように,国道ではあり得ないような,畦道のような田んぼの真ん中を走るコースや180度のヘアピンカーブがある酷道です。

  ほとんど林道です。 

この先が通称「百井別れ」

 

 

「百井別れ」の180度のヘアピンカーブ。普通車では切り返しが必要です。しかもハンドル操作を誤ると谷に落ちます。ガードレールなんてものはここにはありません。

 

百井の集落を抜けたところです。この付近の地図には怪しい倉庫群がのっていました。

 

 

 途中で手みやげを買いによってみました。なかなかおしゃれなお店でした。バームクーヘンが有名な,club harie(たねや)の守山店へ。

 

 

 

 やっとこさ,野洲に到着(だいたい京北町から2時間くらいかかりました。)お米を頂きました。

 

 

ただ帰るのもなんなんで,近江八幡へちょっと寄ってみました。

  

最後に精米初体験。

 

 

 

 

 



パソコン | 【2006-10-23(Mon) 22:26:29】
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W-ZERO3 <WS003SH(B)> willcom

W-ZERO3、発表になりましたが、なかなかいいですね。 ザウルス+CLIE TH55+PHSという感じでしょうか。

  私にとっては物欲中枢を刺激する製品かと。ウィルコムがW-SIMを打ち出したときから、 いつかは出るだろうとは思っていましたが、まさかこんなに早く出てくることになろうとは思ってもみませんでした。 つくづくいい時代になったものです。

概要:ウィルコム、「Windows Mobile 5.0」 採用のモバイル端末発売
 ウィルコムは10月20日、米マイクロソフトのモバイル機器向けOS「Microsoft Windows Mobile 5.0 for Pocket PC」を搭載したモバイル端末「W-ZERO3(ダブリューゼロスリー)」 を発表した。シャープ製で、「携帯電話の機動性とパソコンとの高い親和性を提供する」(同社)。発売は12月上旬を予定する。



“W-ZERO3 <WS003SH(B)> willcom”の続きを読む>>
パソコン | 【2005-10-21(Fri) 01:14:58】
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祇園祭

 忘れた頃に、たまたま思い出したので、宵宵宵山(よいよいよいやま」)。人混みが嫌いなもので。祇園祭に行ったことがなかったのですが、たまたま。

烏丸通りから車が消える。初めて見た。ホント。

yoiayama

●烏丸四条下がったところから、京都駅を望む。2005/7/14 18:51撮影

yoiayam2a

●お昼頃撮ったもの四条烏丸交差点南東から西を望む

京都ガイドブック祇園祭によると、今では「八坂神社」の「祇園祭」として知られていますが、明治維新までは「祇園社」の「祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)」、略して「祇園会(ぎおんえ)」と呼ばれていましたそうです。へぇ~。



パソコン | 【2005-08-05(Fri) 21:58:07】
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伶人町遺跡

伶人町遺跡:伶人町遺跡では、四天王寺の領域(寺域)を知る重要な手がかりになる平安時代の建物跡や、ハマグリなどの貝殻を大量に捨てた室町時代の土坑が発見されています。

平安時代の建物跡多数 四天王寺に関連か  2005年7月29日 朝日新聞大阪

私立大阪星光学院(天王寺区伶人町1丁目)の校舎建て替えに伴う伶人(れいじん)町遺跡の発掘調査で、同学院に隣接する四天王寺に関係する平安時代の掘立(ほったて)柱の建物跡が多数見つかったと、西近畿文化財調査研究所(兵庫県社町)が13日発表した。同寺周辺で平安時代の建物群が見つかるのは初めてといい、同研究所の村尾政人代表は「時代とともに変遷した四天王寺の領域(寺域)を知る重要な手がかりになる」と話している。同学院は飛鳥時代の593年に創設された四天王寺から西へ約200メートルにある。調査した校門正面の636平方メートルの敷地で、平安時代前期(9世紀)の地層から、柱を立てるための円形や方形の穴が計150見つかり、少なくとも15棟の建物があったことがわかった。一辺が90センチある大型の柱穴もあり、一番大きな建物は縦10・5メートル、横4・2メートルだった。
 建物の規模が大きいうえ、四天王寺に対して一定の方向を向いている造りから、同寺に関係する建物と考えられる。伶人(楽人)という地名から、寺の舞楽団の住居跡の可能性もあるという。
 創建時の寺域は現在とほぼ同じと分かっており、今回の発掘で、平安時代には少なくとも同学院の敷地まで寺域広がっていたことが判明した。
 調査では鎌倉から江戸期にかけての遺構も出てきた。この時代は門前町として栄えていたとみられ、商人の存在を示す大量の貝の捨て場や、多数の井戸が見つかった。寺域を示す堀もあった。
 ※現地説明会は16日の午後1時と同3時から。地下鉄谷町線の四天王寺前夕陽ケ丘駅下車。小雨決行。

大阪・四天王寺そばに平安期建物跡 (2005年07月14日  読売新聞)

楽人の集合住居か 天王寺近くで見つかった掘立柱建物群の遺構(13日、大阪市天王寺区の大阪星光学院で)日本最古の官寺、四天王寺(大阪市天王寺区)の北西約100メートルの学校敷地内で、平安前期の建物群の遺構が見つかったと、民間の調査団体「西近畿文化財調査研究所」(村尾政人代表)が13日、発表した。同寺で舞楽を演じた「伶人(楽人)」の住居だった可能性があり、同寺の変遷を示す貴重な史料になりそうだ。大阪星光学院の校舎建て替えに伴い、同研究所が今年3月から敷地950平方メートルを調査。平安前期の地層から、「掘立柱建物」が15棟以上あったことを示す柱穴約150個を見つけた。50センチ四方の柱穴が等間隔に並ぶ、間口4メートル・奥行き10メートルの建物跡があったほか、90センチ四方の柱穴も出土しており、さらに大きな建物があった可能性もある。伶人は、朝廷の公式行事の際などに舞楽を披露したとされ、徒然草では「天王寺の舞楽のみ都に恥ぢず」とうたわれた。現場周辺には「伶人町」という地名が残っており、同研究所は「笙(しょう)や篳篥(ひちりき)などの楽器は見つからなかったが、伶人の集合住宅だった可能性もある」としている。 白石太一郎・奈良大教授(考古学)は「寺の中心から離れた場所でも建物が密集していたことがわかり、平安期の寺の繁栄がうかがえる」とし、坪井清足・元興寺文化財研究所所長は「調査が進めば伶人の生活ぶりもわかるのでは」と話している。現地説明会は16日午後1時と同3時の2回、同学院で開かれる。問い合わせは村尾代表(090・3946・4591)へ。

伶人町遺跡現地説明会

時  期: 平成17年7月16日(土)午後1時、午後3時

場  所: 大阪市天王寺区伶人町1-6大阪星光学院校門前「伶人町遺跡」
(駐車場はありません) 発掘調査: 西近畿文化財調査研究所

照 会 先: 学校法人 大阪星光学院TEL 06-6771-0737

現地説明会公開サイト資料:http://www.keyton-co.jp/gensetu/050716reijin/index.htm



パソコン | 【2005-07-31(Sun) 23:00:55】
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キトラ・高松塚古墳  現地保存揺らぐ原則

朝日新聞 奈良版

takamatu 現地保存揺らぐ原則


発掘調査中の高松塚古墳=05年2月、奈良県明日香村で秘密裏に着々準備 

 「飛鳥美人」の引っ越しが決まった。奈良県明日香村の高松塚古墳に描かれた国宝の極彩色壁画を守るため、文化庁の恒久保存対策検討会は27日、石室解体案を了承した。ただ、引っ越し先となる施設をどこに構え、いくら費用がかかるのかなど未解決の課題も山積しており、前途は多難だ。「遺跡の現地保存」という文化財行政の原則も崩れかかっている。

 前回5月11日の検討会から1カ月半で石室解体が決まった。
 「特別史跡の重みをどうするか。まだ取り得る対策があるのでは」
 「対策を急ぐといいながら、壁画修復に10年かかるという。本当に大丈夫か」。2人の委員が解体に疑問を投げかけた。しかし、渡辺明義座長が「特別史跡の価値は十分考慮すべきだが、やはり解体が取るべき案ではないか」と発言すると、異論は出なかった。

 ほっとしたのは文化庁の担当者だった。この日の検討会をタイムリミットと位置づけ、「解体決定を得るのが目標。そこにたどり着くまで議論を続ける」と意気込んでいたからだ。

 壁画の劣化原因とみられるカビや虫が増える夏場を何度も越すわけにはいかない。来年度の政府予算に石室解体の事業費を盛り込むには、今夏の概算要求までに解体決定の結論が必要だった。

 ここまで、準備は着実かつ秘密裏に進んだ。

 17日にあった国の文化審議会では、劣化防止の緊急対策として墳丘への冷却パイプ敷設と覆い屋建設が認められた。

 24日には本格的な石室解体実験も実施。実物大の石室模型の製作を請け負った石材業者は「発注から1カ月で準備した。急なことで忙しかった」と話す。

 一方で、保存方法の具体策を練る検討会の作業部会は検討会当日の午前まで招集されなかった。「会議を開くと内容がメディアで報じられ、異論や憶測などいろんな声が飛び交う」(同庁幹部)。文化庁と委員がメール交換するなどし、結論をまとめた資料を午後からの検討会に報告した。

「壁画どこへ」重い宿題

 石室解体は、文化財行政の根幹を揺るがす問題でもある。

 文化庁はこれまで、「遺跡の現地保存」を原則にしてきた。縄文時代の巨大集落「三内丸山遺跡」(青森市)や邪馬台国時代の「吉野ケ里遺跡」(佐賀県)が、運動公園や工業団地の建設を断念する形で残ったのもそのためだ。

 文化財ブームの火付け役にもなった高松塚壁画が石室解体で現地を離れれば、今後発見される重要遺跡にも影響を与える可能性がある。元奈良国立文化財研究所員として同古墳の調査研究にかかわった猪熊兼勝・京都橘大教授は、「もし石室や壁画を別の場所に移せば、移築保存は文化庁公認になる。文化財行政、考古学の基本が崩れる」と心配する。

 こうした批判をかわして石室解体に理解を得るには、「壁画は現地に戻す」という前提が必要だった。「その条件を整えたい。それも解体前でないと説得力がない」。同庁幹部は重い宿題に頭を抱えている。

明日香村「近くで修復を」

 「壁画の修復も古墳のそばでやってほしい。遠くに運ぶのなら、私の権限で道路を通行止めにしてでも阻止する」。明日香村の関義清村長はそう語る。

 村にはキトラ古墳、石舞台古墳、飛鳥浄御原宮跡など多くの遺跡がある。中でも高松塚壁画は飛鳥の象徴ともいえる存在。それが他の場所に移れば、文化財保護の気持ちが損なわれかねない。

 事実、いったん地元を離れた歴史遺産はなかなか里帰りしていない。奈良県斑鳩町の藤ノ木古墳から出土した金銅製馬具(国宝)は、発見から20年後の今、約20キロ離れた同県立橿原考古学研究所附属博物館にある。同町の法隆寺の宝物数点百点は、明治の廃仏毀釈期に皇室に献納され、東京国立博物館に納まったままだ。
 
 明日香村の広井三平村議は「高松塚と周辺の土地を国に売却する時、『村のため、国のため。売値の高低は言うな。』と村人がまとまった。その古墳から中身(壁画)がなくなったら、だれも大事にしなくなる」と話す。7月初めには村議会に「壁画劣化対策特別委員会」を設置するよう提案し、村民が「もの申す」姿勢を示す考えだ。    

◆高松塚古墳をめぐる経緯
1972 壁画発見、応急保存対策調査会発足
  73 古墳を特別史跡に指定
  74 壁画を国宝指定
  75 修復記録原図作成、写真撮影
  76 保存施設が完成
  81 年1回の定期点検開始
2002 壁面に黒いカビが発生。多数の虫を確認。文化庁の壁画緊急保存対策検討会発足
  04 壁画写真集刊行で劣化が判明。壁画恒久保存対策検討会発足。墳丘などを初めて本格的に発掘調査
  05 墳丘内部に南海地震の地割れ跡を発見

読売新聞大阪

ta2 飛鳥美人「もたない」…石室解体で技術系専門家強調

「壁画はこれ以上、もたない」「本当に解体していいのか」――。33年前、考古学ブームに火をつけた「飛鳥美人」が壁画に描かれた高松塚古墳の石室解体を27日、了承した恒久保存対策検討会。現状保存は困難とする技術系専門家は時間的な余裕がないことを訴え、墳丘破壊に慎重だった考古学者は苦渋をにじませた。文化財の現地保存主義の転換となるだけに論議を呼んだ石室解体は、この日の結論で実現に向けて大きく動き出した。検討会座長の渡辺明義・文化審議会文化財分科会長は、会合後の会見で「苦渋の選択だった。将来、復元を進めることで特別史跡の価値が保てる調和的な決定になったと思う」と、これまでの論議を振り返った。会合では、保存科学の専門家の肥塚隆保・奈良文化財研究所保存修復科学研究室長が「文化財の保存は時期を間違えると、取り返しがつかない。今のうちに抜本的対策を」とタイムリミットを強調。田辺征夫・奈良文化財研究所長も「ここまで劣化したら、表面からの修復は難しい。出来る最良の方法をすぐに行わなければならない」と述べた。賛成意見が多いなか、慎重派の白石太一郎・奈良大教授は「恒久対策と並行して、壁画劣化の経過と原因を究明し、明らかにしてほしい」と注文をつけた。一方、委員会外部の猪熊兼勝・京都橘大教授は、解体の結論に「文化庁自身が遺跡の現状保存を否定すると、開発で破壊する時の口実になる」と懸念ものぞかせた。年間約77万人が訪れる地元の奈良県明日香村。壁画の劣化で文化庁への不信の声も根強いが、村内での壁画公開を望んでいる。関義清村長は解体を認めつつ「現場で修復、保存しなければ意味がない」と壁画の村外持ち出しをけん制した。

(2005年06月28日  読売新聞)



パソコン | 【2005-06-29(Wed) 23:57:38】
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仰韶文化中晩期の墓地と大型墓 中国で初めて発見

仰韶文化中晩期の墓地と大型墓 中国で初めて発見

記事原文
  中国の考古学関係者が最近、河南省霊宝市にある西坡遺跡内で、仰韶文化中晩期の墓地と大型の墓を初めて発見した。古代文明の起源の特色、過程と動因を探るうえで大きな意義があるという。 これは中国社会科学院考古研究所と河南省文物考古研究所からなる合同考古学チームが2000年から同遺跡で進めてきた連続5回にわたる大がかりな発掘作業の最も重要な収穫とされている。発掘作業に携わった馬肖林博士の説明によると、この墓地は西坡遺跡の南部に位置し、これまで計18基の墓が発見された。列を成しているとみられ、規模が大きく、墓と墓の間の距離も長いが、排列はあまり整然としてない。副葬品の陶器から判断して、これらの墓は今から5500年前後前の、仰韶文化中期よりやや遅い段階の遺物である可能性が大きいという。8号墓は今回発掘された中で最も規模が大きく、2点の玉製礼器が出土した。うち1点の大型玉器は玉のサン(金へんに産 スコップ)か鉞(エツ まさかり)の可能性があり、精巧なつくりだという。西坡遺跡は南西から北東方向へ傾斜した鋳鼎原(黄帝が鼎を鋳て天を祭ったところ)にあり、近年、考古学関係者がここで大型の建物跡、溝など仰韶文化時代の重要な遺跡を相次いで発見、この地区が仰韶文化中期の一つの中心地帯だったことをうかがわせている。 馬博士は、今回の墓地の発見は仰韶文化中期の中原地区社会の発展水準、複雑化の程度、集落の形態、埋葬制度および社会組織を認識するうえで重要な意義があると話している。
考古学発掘作業はなお続けられている。(鄭州6月17日発新華社)

河南で、仰韶中期の古墳区を発見、中華文明が500年繰り上げるか?

2005 -6 - 3 11:33

  中国の考古専門家はこのほど、河南省霊宝市で今まで5500年の仰韶中期の古墳区を発見した。 新華社通信によると、同区は同市の南西部約30キロの陽平西坡遺跡にある。昨冬、中国科学院考古研究所と河南省文物考古研究所が地元の関係部門と共同でこの遺跡を探査する中で、いくつかの探査穴から骨を見つけ、更にそれを発掘することにした。今年4月8日より、考古学者は相次いで18ヶ所の古墳を見つけ、現在、その中の11ヶ所を整理した。

  定説言えば、中華民族は5000年の歴史があったが、今回の考古で発掘した一部の凝った副葬品から見れば、中華民族は仰韶中期の廟底溝期の後半(今から約5500年前)に、文明時代に入ったことが分かった。

  この言い方が成立するとすれば、中華文明の歴史は少なくても500年繰り上げられるといえるだろう。

(編集:章坤良 )

河南省で仰韶文化期の大型家屋跡発見さる

最近、考古学従事者が河南省霊宝市西坡遺跡内で、仰韶文化期(中国の新石器時代の文化で、母系制社会と考えられる)の大型家屋跡を発見した。遺跡の面積は220㎡に達し、構造も複雑で高度な建築技術を体現している。

発掘業務の指揮をとる河南省文物考古研究所の王暁琳博士は、「これは西坡遺跡で発見された二番目の200㎡を超える家屋跡です。2001年に204㎡の半地下竪穴式家屋跡が発見され、考古学界に注目されています。 新たに発見された家屋跡はほぼ長方形で、東西16m、南北約13m、東北に向いた傾斜式の出入り口が設けられています。家屋の構造は極めて複雑で、半地下竪穴、木構造、地上壁面で構成され、屋内には4本の主柱が立てられています。竪穴住居部分は非常に考えられており、出入り口の部分に正対して直径140cm、深さ約100cmの大型の暖炉が設備されています。家屋跡の四周には規則的に柱穴が分布しており、柱が立てられていた痕跡を残しています」と説明している。

この家屋跡で地上の壁面が発見されたことは、仰韶期における家屋建築研究に新たな資料を提供し、2001年に発見された大型家屋跡と約50mしか離れておらず、共に西坡遺跡の中心部に位置して対称関係になっているので、この遺跡の全体構成を理解する上で重要な意義を有している。相次いで大型家屋跡が発見されたことは、西坡遺跡及びその所在する霊宝鋳鼎原遺跡群が当時の社会に占める重要な地位を裏付けるものである。

知るところによれば、今年の考古学調査と発掘により、霊宝鋳鼎原遺跡群は仰韶文化廟底溝類型の最も重要な中心地区であることが明確になっている。絢爛たる彩陶で名高い廟底溝類型は、当時その勢力は強大で、その影響力は北は長城、南は長江に達し、歴史時代以前の中国の舞台で十分に重要な役どころを演じていたと思われる。

「チャイナネット」2004/07/14

中国社会科学院 発表



パソコン | 【2005-06-27(Mon) 16:41:20】
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