03/12/31-04/01/02 アンコールワットに行きたかったが、飛行機がこんな時期なもので取れなくて急きょ、スコータイに変更し訪問。スコータイ周辺の遺跡巡りを2003/12/31と2004/1/1におこなった。事前に頼んでおいたガイドは英語の堪能な、Mさん。時間がなかったので非常に効率的に回ることができた。 ピサヌロークへは、バンコクから飛行機で約1時間ほど。着いたときは、早朝でどこか田舎の鉄道の駅に来たような雰囲気でした。
←これは、バンコクに戻るときの空港の写真です。現在では新ターミナルができたとか。ターミナルから飛行機までは徒歩です。
到着の午後、半日のピッサヌローク市内観光と翌日、スコータイ周辺の遺跡巡りをしました。泊まったホテル:TheGrand Riversidehttp://www.tgrhotel.com/inside.html
ピッサヌローク県(Phitsanulok)ナーン川に浮かぶ家屋です。以前は、川をふさぐほどの数があったそうですがいまではごく僅かとなったようです。
ピッサヌロークとはピッサヌ神(ヴィシュヌ)のローク(世界)と言う意味である。これはある言い伝えが元になっていると言われる。ある時チエンセーンの王はサモー山にブッダが来ている(史実上は来ていない)と聞いて、縁起なことだと考えそこへ都市(ムアン)を建設することにした。都市の建設の命を承った使者は、癸丑の月が3回目に満ちる最初の日の木曜日の朝にサモー山に到着した。ここでは聞いたとおりブッダが来ていたが、彼の弟子が2人死去していた。そこで、都市を建設すると時を同じく、彼を弔う祠を建てたという。さて、2人の使者は建設が終わると帰途に就いた。2人がチエンセーンに着いたのは最初の月が満ちる6日目朝日曜日のことだった。そこでチエンセーンの王は新都に行きブラフマーンに新都の名をどのようにすればよいかと問うた。するとブラフマーンは「ピッサヌ神がいまだ見ているうちに陛下が到着したのでピサヌロークとすればよい」と行ったそこでピッサヌロークと言う名前になったということである。 以上はあくまでおとぎ話に過ぎないが、実際にピッサヌロークはスコータイ王朝時代から主要都市として発達していた。またボーロマトライローカナート王の治世に一時アユタヤー王国の首都であり、タイ三大王の一人ナレースワン大王の故郷でもあった。

