プロフィール

follow hibikaiseikun at http://twitter.com

kaiseikun

Author:kaiseikun
Seasaaより引っ越し中です。

最近の記事
ブログ内検索
www.flickr.com
カテゴリー
リンク
4Tra

フィードメーター

人気ブログランキング - 日々快晴
ブロとも申請フォーム
フリーエリア2

Hotels
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | 【--------(--) --:--:--】
Trackback(-) | Comments(-)
鳥取藩御殿医の古民家発見、国文化財に匹敵

 浅川滋男教授のblog には,この記事に関する浅川氏の見解が載せられております。新聞記事の誇張表現等々は,困ったものです。ちなみに,担当記者の弁明も記載されていたりして。

 鳥取市倭文に江戸時代中期に建てられた鳥取藩御殿医加藤家の古民家が残っていることが、鳥取環境大学環境デザイン学科の浅川滋男教授(建築史)らの調査で、26日までに分かった。古い民家は庄屋や名主など豪農の住宅という固定観念を破る貴重な発見で、国の有形登録文化財にも匹敵する建物という。

 鳥取市から「鳥取市歴史的建造物調査研究」の委託を受け、2004年度に旧市内の神社、寺院、民家など合わせて730件を調査した中から見つかった。

 加藤家は、鳥取藩政資料の「在方諸事控」や「加藤家文書御改名過去帳」などによると、初代道順が1731(享保16)年に鳥取藩の御目見医師となり、2代目東悦も1776(安永5)年まで藩医を務めた家柄。

 敷地は約1000平方メートルあり、母屋は入り母屋造りの平屋。元は茅葺き(かやぶき)屋根だったが、現在は茅を降ろして鉄板をかぶせてある。道路との境に石垣が残っていて、土塀と門があったことをうかがわす。

 母屋は、鳥取県八頭町の重要文化財・矢部家住宅(17世紀建築)と同じ「広間型五間取り」という大広間の奥に5つの部屋がある構造で、大地主に並ぶ力を持っていたことを示す。

 母屋に建築年代を示す棟札などはないが、1730年代に建てたという家伝や住宅の構造から、浅川教授が18世紀前半に藩医の家として建てたと判断した。所有者は県外在住で、親類が管理している。

 浅川教授は「国の有形登録文化財にも匹敵する住宅。旧市内に貴重な古民家の残っていることが判明した。次は調査範囲を旧町村部まで広げて約2000件を調べたい」と話している。(05/07/27山陰中央新報)

スポンサーサイト


遺跡・文化財 | 【2005-08-04(Thu) 20:17:09】
Trackback:(0) | Comments:(0)
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。