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唐代の獅子陶枕 平安京跡で初出土

遣唐使が持ち帰る? 陶製の獅子の頭が出土 
中京区の平安京跡
 Kyoto Shimbun News 2005年3月8日(火)

 京都市中京区の平安京跡(9世紀初頭で、唐で作られたとみられる陶製の獅子の頭が見つかり、発掘調査した古代学研究所(京都市中京区)が8日発表した。sisi

 同研究所は「これまで日本で出土例のない獣形の陶枕(とうちん)だろう。かなり高貴な人物が使っていたとみられ、遣唐使によってもたらされた可能性もある」(堀内明博助教授)としている。 2003年10-12月に、中京区西ノ京徳大寺町の工場建設に伴い715平方メートルを調査した。貴族の邸宅とみられる掘っ立て柱建物跡2棟や井戸跡(直径1・6メートル)がみつかり、獅子は井戸の中から出土した。 獅子はこぶしほどの大きさで、鉄分の入った釉薬(ゆうやく)で獅子のたてがみや目、まゆ毛、鼻などが茶色で彩られた上に青磁釉が施され、開いた口の中は朱が塗られていた。 同研究所は、釉薬の使い方や土の種類が中国・湖南省の長沙窯(ちょうさよう)の壷や茶碗(ちゃわん)と同じであることや、出土した同窯の獣形枕と形がよく似ていることから陶枕と結論づけた。同窯の獣形枕は中国で5件の出土例があるが、それと比べてリアルな彩色で精巧な出来栄えという。 9世紀初頭の804年には空海や最澄らを乗せた遣唐船が唐に渡っている。838年に最後の遣唐使が送られて以降は、唐の商船が九州などに来航して交易が行われるようになる。

■奈良文化財研究所国際遺跡研究室長・巽淳一郎室長(陶磁器)の話

 大きさ、構造から見て枕の台座の一部と見て間違いない。精巧な作りで、東南アジア、西アジアでも発見例はない。長沙窯では、外国向けの製品を大量生産していたが、今回の獅子頭はそういった輸出用ではなく、唐で直接入手したのではなかろうか。

 ■村井康彦・京都市美術館長(日本古代中世史、文化史)の話

 交易によるものというより、804年の遣唐船で唐に渡った役人が持ち帰ったと考えるべきだろう。嵯峨天皇(在位809-823)の時代は、茶など多くの唐の文物がもたらされた時代。唐風文化が貴族の生活に入り込み、王朝文化の先駆けになったことを示す興味深い発見だ。

貴族の安眠守った?

 京都市中京区の平安京跡から、唐代の陶製枕「陶枕(とうちん)」に使われた獅子の顔の部分(高さ、幅各6センチ、奥行き8センチ)が出土し、財団法人古代学協会が8日、発表した=復元図、同協会提供。9世紀前半の作とみられ、獅子の形の陶枕が出土したのは国内初。たてがみやひげなども精巧に表現されており、協会は「平安貴族の優雅な生活がうかがえる」としている。

 陶枕は「エ」の字形で、獅子の顔は、頭を乗せる台の下部にあったとみられる。鉄などが入った上薬が使われ、長沙窯(中国湖南省)作らしい。獅子を飾った陶枕は、中国でも出土例は少なく、唐代は貴族専用だったといわれる。

 貴族の屋敷跡近くの井戸跡から須恵器などとともに見つかった。陶枕に詳しい脇田宗孝・奈良教育大教授は「遣唐使が日本に運んだとも考えられ、歴史のロマンを感じる」と話している。

(2005年03月09日  読売新聞)
*どのコメントもなぁ。新聞記事のタイトルもなんともはや。京都新聞はまだともかく、読売はどうなんでしょ。
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遺跡・文化財 | 【2005-08-05(Fri) 20:10:55】
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