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京極氏の館 実はご立派 滋賀県米原 推定規模これまでの2・5倍

 

京極氏の館 実はご立派 米原 推定規模これまでの2・ 5倍

 滋賀県米原市弥高と上平寺、 藤川にまたがる地に本拠を構えた戦国時代の守護大名・京極氏の館の敷地が、これまでの推定規模の2.5倍で、 約2500平方メートルであることが分かり、5日、同市教委が発表した。市教委は、 全国の他の守護館に匹敵する規模だった可能性があるとしている。
 




伊吹山のふもとにある京極氏遺跡(国指定史跡)のうち、館跡は南北約70メートル、東西約37メートルのほぼ長方形。 中央から南側が約50センチ高く、段になっている。このため、館の敷地は低地である北側で、1000平方メートル規模とみられてきた。
 8月17日からの市教委の調査で、北側部分の深さ約40センチの地中で、16世紀初頭とみられる粘土質の地層が確認され、 この層が南側にも水平に延びていることが分かった。市教委は、南側は後の時代に盛り土されたとし、戦国時代当時、館があった敷地は北側、 南側を合わせた平面だったと確認した。また、南側から建物の礎石1個(縦約40センチ、横約30センチ)も出土した。
 調査では、青銅製の重り1個(43グラム)も出土した。同様の重りはこれまで、 全国12カ所の中世の城跡などから計23個が見つかっており、地域の度量衡を掌握する権力の象徴といわれている。このほか、素焼きの灯明皿、 杯、くぎなども多数出土した。
 江戸時代に作られた「上平寺城絵図」(米原市所蔵)には、京極氏館の北側には山城の上平寺城、 南側には武家屋敷や町屋敷が短冊状に整然と並ぶ城下町が描かれている。市教委は「遺構の広さも、重りの発見も京極氏の勢力の大きさを物語る。 今後は城の全容解明を目指し、調査範囲を広げたい」としている。(京都新聞) - 10月6日13時29分更新

遺跡・文化財 | 【2005-10-06(Thu) 19:41:40】
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